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東京高等裁判所 昭和26年(う)3830号 判決

控訴人 被告人中谷幸雄の原審弁護人

検察官 中条義英関与

主文

原判決中有罪部分を破棄する。

本件公訴事実中強盗の点について被告人は無罪。

理由

弁護人飯島豊の控訴趣意は別紙同人名義の控訴趣意書の通りである。これに対し、当裁判所は、事実の取調として証人一色くに、同永瀬はるを尋問した上、左の通り判断する。

第一点(審判の請求を受けない事件について、判決した違法)。

本件起訴状の記載によると、本件公訴事実は被告人は昭和二十六年一月二十日午前一時頃東京都豊島区堀之内百二十七番地自転車タイヤ修理業角田安永方前路上で、同所通行中の一色くに(当時三十五年)の後から抱き付き、その口を手で押しふさぎ、更に押倒して馬乗りとなる等の暴行脅迫を加え同女の反抗を抑圧して同女所有の化粧道具、印鑑等雑品数点在中の黒皮製ハンドバック一個を強取し、その場において同女を強いて姦淫しようとしたが悲鳴を聞き飛び出して来た角田安永に発見されたため姦淫の目的を遂げなかつたものであるというのであつて、罰条として刑法第二百四十一条第二百四十二条、罪名として強盗強姦未遂と記載されているのであるから、検察官は被告人の右所為を強盗と強姦の結合犯として一罪として取扱はるべき強盗強姦未遂罪として起訴したことが明かである。而して強盗強姦罪が成立するためには、強盗犯人が強盗の機会に婦女を強姦したこと(勿論当初から、強盗し、且つ強姦する犯意のあつた場合も含まれる)を要し、強姦をした者(未遂に終つた場合も含む)が後に強盗の犯意を生じた場合は強姦罪(又は未遂罪)と強盗罪とが別個に成立し両者は併合罪の関係に立つものと解すべく、更に、結合犯たる一罪として起訴せられた強盗強姦罪については、その構成要件中に強盗及び強姦の各構成要件が結合して含まれているのであるから、裁判所が審理の結果、強姦罪と強盗罪の併合罪であると認めても、被告人の防禦に実質的な不利益を生じないので、訴因変更の手続を経ないで、強姦罪及び強盗罪の二罪を認定し得るものというべきである。しかしながら、右強姦罪について親告罪の告訴を欠き、訴訟条件の欠缺を理由として公訴棄却を為すべき理由あり、或は右二罪の中いずれかが犯罪の証明不十分であつて無罪の言渡を為すべき理由がある場合においても、検察官の起訴は結合犯たる強盗強姦罪の一罪として為されたのであるから、一罪の一部に公訴棄却又は無罪の理由がある場合として、主文において当該部分の公訴棄却又は無罪の裁判を言渡すべきでなく、唯理由中にその旨説明すれば足るのである。(昭和一一年一〇月一三日大審院判決、刑集一五巻一三〇四項参照)原判決によれば、原審は前記本件公訴事実中、被告人が起訴状記載の日時場所において、被害者一色くにが被告人のため無理に強姦されようとして貞操に危険を感じ畏怖し抵抗不能になつているに乗じ矢庭に同女の所持する起訴状記載のハンドバック一個を強取したという強盗罪を認定し、被告人を懲役二年六月に処し、五年間刑の執行を猶予する旨の言渡を為すと共に、その余の公訴事実については、刑法第二百四十一条前段の強盗強姦罪及びその未遂罪は、強盗犯人が強盗の機会において婦女を強姦し又はその目的を遂げなかつたことをその構成要件とするところ、審理の結果、被告人が被害者一色くにを強姦しようとした際強盗の犯意があつたものと認められず、本件は強盗強姦未遂罪を構成しないことが明かであり、強姦未遂罪と強盗罪の併合罪と認むべきである。然るに強姦未遂罪の点については訴訟条件たる適法な告訴が存在しないので、この点は公訴棄却すべきであるとして、主文において、公訴棄却の裁判をしたのである。従つて、原審の措置は前記説明のように、強姦未遂罪について、主文において公訴棄却をした点以外には何等違法な点はないのである。即ち訴因変更の手続を経ないで、強盗強姦未遂罪の起訴について、強盗罪を認定しても、所論のように審判の請求を受けない事件について、判決した違法はないのである。しかしながら強姦未遂罪について、主文において公訴棄却の裁判をすべきでないのに、これについて量定処断しているのであるから、一罪として起訴された事実について、二個の矛盾する裁判をしているからである。しかしながら、公訴棄却の裁判の言渡があつた強姦未遂に関する部分は、当事者の上訴なく、確定していることが記録上明かであり、本件控訴は強盗に関する有罪部分についてだけ為されているに過ぎず、このように、原審裁判所が一罪として起訴された事実を併合罪と認め、これを二個の犯罪に分割して、その一部について有罪一部に対して公訴棄却の裁判をしたときは、その言渡の当否にかかわらず、二個の裁判の主文を生じ、強盗罪の部分についての控訴は、公訴棄却の裁判のあつた強姦未遂罪の部分に及ぼすことを得ず控訴審としては、強盗罪の部分についてのみ審判することを得るに過ぎないのであり、(明治四〇年六月一七日大審院判決、刑録一三輯六七二頁)従つて右強姦未遂罪について、主文において公訴棄却の言渡をした違法は右強盗罪の部分に影響を及ぼさないのであるから、原判決を破棄する理由とはなり得ない。所論は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 真野英一)

控訴趣意

第一点原審裁判所は審判の請求を受けざる事件について判決したる憾みがある(刑訴三七八条三号後段違反)原審裁判所の為したる判決は本件被告人中谷幸雄に対し

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

但し本裁判確定の日より五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中強姦未遂の点の公訴は之を棄却する。

事実

被告人は昭和二十六年一月二十日午前一時頃東京都豊島区堀之内百二十七番地自転車タイヤー修理業角田安永方前路上に於て同所通行中の一色くに(当三十五年)が被告人のため無理に強姦されようとして貞操に危険を感じ畏怖し抵抗不能になつているのに乗じ矢庭に同女の所有する化粧道具、印鑑等雑品数点在中の黒皮製ハンドバック一個を強取したるものである。

証拠

判示事実は

一、被告人の検察官に対する第二回及第三回供述調書中の各供述記載

一、証人一色くに、同横森良之、同角田安永、同山中五郎及び同藪田正一の当公廷に於ける各供述

一、当裁判所が証人大浦秋敏に対する証人訊問調書中の供述記載

一、当裁判所の判示犯行現場及びその附近の検証調書中の記載

を綜合してこれを認める」

と終結せり

然れども公訴提起機関である検察官が審判の請求をして居る公訴事実は左の通りである。

起訴状

公訴事実

一、被告人は昭和二十六年一月二十日午前一時頃東京都豊島区堀之内百二十七番地先き路上に於て通行中の一色くにの後ろから抱へ付き同女の口を手で押しふさぎ「静かにしろ」と脅迫し同女を仰向けに押し倒して馬乗りとなる等暴行を加へ同女の反抗を抑圧して

同女所有に係る化粧道具、印鑑等雑品数点在中の黒皮製ハンドバックを強取し、その場に於て同女を強いて姦淫しようとしたが悲鳴を聞き飛び出して来た角田安永に発見された為姦淫の目的を遂げなかつたものである」と

罰条

刑法第二百四十一条第二百四十三条 であります。

それを原審裁判所は検察官よりの訴因変更の申立てもなく又裁判所に於ても検察官に対し訴因の変更を命じもせず其の侭審理を終結し、原審裁判所は擅に独断し、裁判した。本件は判示する処「強盗強姦未遂罪」結合罪ではない、強姦未遂罪と、強盗罪と各独立した罪であるから併合罪として処断すべきだが、強姦未遂罪については、被害者より適法の告訴がないから此点は公訴を棄却する」との趣旨、依て本件は単純強盗罪を以て判決した。

適用罰条、刑法第二百三十六条第二項、此事実は一件記録に徴し明かなる所であります。

判示する所妥当なりと雖も公訴提起機関である所の原告官である検察官よりの請求を受けない事件に付き裁判を為したるものであると言う違法の裁判たることは到底免れぬ所であります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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